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釧路地方裁判所 昭和31年(ワ)130号 判決 1965年3月18日

原告 本別金融合名会社 外二名

被告 国

訴訟代理人 山本和敏 外三名

主文

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

一、原告ら

1  被告は原告会社に対し金一五万円、原告正利に対し金二〇円万、原告寛美に対し金一〇万円、および右各金員に対する昭和三一年九月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、被告

主文同旨

第二主張

一、原告ら(請求原因)

1  別紙目録記載の各土地は、もとそれぞれ同目録記載の者の所有であつたが、原告らは右所有者らと右各土地について別紙一覧表記載のとおりの賃貸借契約をし、賃料は契約時にすべて前賃払し、釧路地方法務局本別出張所において別紙一覧表記載の登記を経た(ただし第一物件については、同表記載の契約年月日に訴外小川槇雄が賃借して、賃借権設定仮登記をし、昭和一四年八月二一日、原告会社が小川から右賃借権を譲受けて右仮登記について移転の付記登記をした。)

2  被告は第一土地について昭和二四年三月三日、その余の土地については二三年七月二日、いずれも当時の自作農創設特別借置法一二条一項に基き前記各賃借権が消減したものとし、その嘱託によつて前記各登記を抹消したまま爾後その登記をしない。

3  したがつて被告は同法二二条二項に基いて、右各賃借権の消減によつて原告らの受けた次の損失を補償する義務がある。

(一) 原告会社

賃料一ケ年一反歩当金三、〇〇〇円、一町歩合計金三万円の割合による昭和三一年四月九日から二〇年間の合計金六〇万円相当の損失。

(二) 原告正利

前払賃料金二、七五〇円と得べかりし利益の喪失による損失との合計金二三万円の損失。

(三) 原告寛美

前払賃料金二、一四〇円と得べかりし利益の喪失に、よる損失との合計金一八万円の損失。

4  仮りに前記法条に基く請求が認められないとしても、被告は前記各登記の抹消をするについては、原告らに対する損失補償額を決定しなければならないのに故意または過失によつて右決定をせずに抹消したものであるから、原告らに対し国家賠償法一条に基いて前記3の損害を賠償をする義務がある。

5  よつて原告らは被告に対し前記損失ないし損害額の内金である申立記載の各金員およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三一年九月七日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告

1  (認否)

(一) 原告ら主張の各土地がもとその主張の者の所有であつたこと、右各土地について、主張の内容の各登記がされたこと、および右各登記が主張の理由に基き被告の張の理由に基き被告の嘱託によつて抹消されたこと、右抹消にあたり原告らに対し損失補償額の決定をしていないことは認める。右決定をしないで抹消したことについて被告に故意、過失があることは否認する。原告らが主張の賃貸借契約をし、賃料を前払したことは知らない。

(二) 第二物件の始期昭和一六年一月一日分、第三(イ)物件分、第九物件の始期昭和一九年一月一日分の各賃貸借を除くその余の各賃貸借契約は、いずれも当該土地の買収、売渡当時において原告主張のように始期未到来のものである。すなわち、原告らは当時未だ右各賃借権を有しなかつたものである。このような場合自創法一二条一項、二項の解釈上、右の権利は当該土地の買収の時期において一項により当然消減し、二項の適用はないものと解すべきである。したがつて、右各権利は同法二二条による損失補償の対象とならない。

(三) 同法二二条によつて補償されるべき損失には、将来の得べかりし利益の喪失による損失は含まれないと解すべきである。また、前払賃料は、同条一項によつて賃借権が消減したときに賃貸人から不当利得として返還を求め得べきものであるから、同条によつて補償を求められる損失ではない。

不法行為に基く損害も、同条によつて補償されるべき損失とその範囲は同一である。

2  (抗弁)

(一) 本件各賃貸借契約は、北海道旧土人保護法二条の制限を潜脱する脱法行為である。

(1)  本件土地は、いずれも北海道旧土人保護法によつて、次のとおり北海道旧土人に無償下付された土地である。

(イ) 第一物件 大正六年三月二四日、幌内イリフシアイヌに下付。同一〇年七月三日、幌内ハルが家督相続によつて所有権を取得。

(ロ) 第二物件 明治四二年一〇月二六日、土田シヨウウクに下付。同四三年二月九日、土田豊三郎が家督相続によつて所有権を取得。

(ハ) 第三ないし第六物件 明治四三年三月一三日小川イヌフシヨに下付。昭和一一年一二月一八日、小川槇雄が家督相続によつて所有権を取得。

(ニ) 第七物件 明治四二年一〇月二六日、幌内チヤアウコホに下付。昭和五年九月一二日、幌内助太郎が家督相続によつて所有権を取得。

(ホ) 第八物件 明治四四年一〇月五日、小川芳雄に下付。大正一四年三月三一日、小川八蔵が、昭和一四年五月五日、小川スミ子が順次家督相続によつて所有権を取得。

(ヘ) 第九物件 明治四二年一〇月二六日、小川コカトモンに下付。昭和一二年一月八日、萩原正勝が遺産相続によつて所有権を取得。

(2)  保護法二条は、同法によつて下付された土地について譲渡または物権の設定などにつき制限をしながら賃貸については制限をしていない。その理由は、家督相続以外の譲渡を制限した反面として、農業に専従することの困難な者の所有となつた場合、これを賃貸することによつて、その賃料を生活のかてとする余地を残したものである。したがつて、法の予想したのは通常巷間に行われているような賃貸借であつた。ところが、これが和人のつけこむ点となり、自由契約の名のもとに、法律知識や権利意識に乏しく、目先の一時の金に弱い旧土人の弱点を利用して、僅かな賃借料を前納して殆んど永久的な期間の賃貸借契約が結ばれるようになつた。

右のような賃貸借契約は、同法や民法の予想するものではなく、その果たす実質的機能は、賃料一括前払に名をかりた土地の売買であり、あるいは金銭消費貸借とそれに対する土地の譲渡担保または質権の設定である。これは保護法二条の制限を潜脱する脱法行為といわねばならない。

(3)  ところで原告らが主張する賃借権が正常な賃借権でないことは一目瞭然であり、それはまさしく前項で述べたような賃借権に名をかりた脱法行為にほかならない。第三物件の(イ)についてもその賃借権の性質が右と同じであることは、賃借権の形態および賃借権者からみて明らかである。詳述すると

(イ) 本件各契約に定められた賃貸借期間を各土地ごとに積算すれば、永小作権についての法定長期をさえ超過している。

(ロ) 賃料の定め方が農地使用の対価として、通常備うべき経済原則を無視している。

例えば、賃料はその農地の収益能力を基準にして定められるのが普通であるが、本件の場合、そのような合理的な根拠がないといわざるをえない。

第三(ロ)物件と第五および第六物件を比較してみると、同じ一筆の土地の一部であるのに、その八〇年間の賃料が前者は二八〇円、後者は四〇〇円である。

また、第三(イ)物件ないし第六物件の各契約賃料額から年間反当賃料額を算出してみると、いずれも同じ一筆の土地の一部であるのに、第三(イ)物件は約一円八九銭、第三(ロ)および第四物件は約三四銭、第五、第六物件は五〇銭である。

年間反当賃料額が安いのも本件各契約の特徴である。

このことは、賃料一括前払の結果、年間反当賃料よりも一時に支払われる金額の方に意味があることを示すものである。

例えば、第一物件についてみると、年間反当賃料は約二一銭という低さであるが、その契約時である昭和一四年八月一七日に一〇〇年間の総賃料一、〇〇〇円が一時に支払われたことになつている。

また、例えば、賃料支払期と賃借権の始期が長くなればなるほど、中間利息控除の理論により、一時に前払される賃料額は逓減されなければならないのに、そのような考慮は払われていない。

(ハ) すべて賃料は契約時に一括前払である。

賃料を一括前払とすることはもとより自由であり、そのような例も少くはない。しかし、本件の場合は、正常な賃貸借における賃料の前払と解するには、あまりにも常軌を逸している。

第一、第三(ロ)、第四ないし第八物件の契約は、いずれも契約時から二〇年前後のちに始期を定めた契約である。二〇年後にならなければ賃借人が現実に使用できない土地について、八〇年ないし一〇〇年という長期間の賃料を全額契約時に支払うという場合に、当事者がその契約により、正常な賃貸借の機能を果させる意思をもつていたということはできない。

(ニ) すべて、転貸を事前に包括的に承認するという特約つきである。

このような特約は、特別の事情がない限り付されることはない。本件においては、その特別の事情が、まさに保護法二条を潜脱する意図でなされた契約であるところに存する。

(ホ) 本件土地の各登記簿の賃借権登記をみると、原告ら以外の賃借権者を含めて、期間満了前に解約による抹消登記をし、同時に同一人または他の者が新たな賃借権登記をしているのがみられる。

例えば第二物件について賃借権設定、解約の経緯は次のようになつている。

昭和七年四月二日賃借権設定。賃借人中川仲蔵、期間昭和八年一月一日から昭和一一年一二月末日まで。

昭和一〇年三月二五日賃借権設定。賃借人田村粂吉、期間昭和一二年一月一日から一〇ケ年。

昭和一一年一二月一五日、中川、田村の賃借権登記を解約により抹消。同日、賃借権設定、賃借人前記田村、期間同日から一〇ケ年。

昭和一四年三月九日賃借権設定。賃借人原告会社、期間昭和二二年一月一日から昭和四一年一一月三〇日まで。

昭和一六年二月一二日、田村、原告会社の賃借権登記を解約により抹消。同日、賃借権設定、賃借人原告正利、期間昭和一六年一月一日から二〇ケ年。

これらは、当時下付地に設定される賃借権が、実質的には金銭消費賃借の担保的機能を果すものとして利用されていたことを示すものである。

以上の諸事実を総合すると、本件各契約は少くとも永小作権等の物権の設定行為の効力を北海道庁長官の許可にかからしめた前記法条を潜脱するものであることは明白である。

したがつて、本件賃借権は、いずれも無効のものであるから、自創法二二条二項による補償の対象とならない。

(二) 本件各賃借権設定行為は、公序良俗に反し、あるいは権利の濫用である。

本件賃貸借の期間は、はなはだしいものは一〇〇年に及ぶなど、いちじるしく長期であり、賃料もきわめて低れんで、全体としてみれば土地所有者から不当な利益を収奪する意図に出たものであることは明らかである。したがつて、保護法の精神をも参酌した場合、本件各賃借権設定行為は公序良俗に反し、あるいは権利の濫用にわたるものとして無効である。

よつて前記法条による補償の対象とならない。

(三) 消滅時効が完成している。

(1)  損失補償請求権は、会計法三〇条によつて発生の時から五年を経過したときは時効によつて消滅すべきものである。本件各登記の抹消は、昭和二五年四月一〇日までにはすべて完了しているから、昭和三〇年四月一〇日の経過によつて、損失補償請求権について消滅時効が完成した。

(2)  損害賠償請求権についての消滅時効は、前記昭和二五年四月一〇日から進行し、二八年四月一〇日の経過によつて完成した。

三、原告ら(認否)

1 抗弁事実のうち、(一)の本件各土地がその主張のように北海道旧土人保護法によつて下付され、相続されたものであることは認める。

2 北海道旧土人保護法の立法の目的は、働く意慾がなく、損益計算の知能に乏しく、山野草、獣魚類によつて生活してきた旧土人が社会状勢の変化で、そのままでは生活できなくなつたため、農地を与え農業に従事させようとしたとにある。しかし、旧土人は農地を下付されても耕作に努める者が少なく、下付土地を和人に賃貸して賃料で生活する者が大部分であつて、この状態は改ためられず、国もこれを認めてきた。しかも、旧土人は和人と次第に結合して、現在では僅少であり、立法当初の目的は現在しない。現に、自創法によつて下付土地を買収するについては、保護法による許可の手続はとられていない。要するに同法は廃法にひとしい。

第三、証拠

一、原告ら

1  甲第一ないし第四号証の各一、二を提出。

2  原告本人正利の供述(第二回)を援用。

3  乙号各証の成立をすべて認める(ただし、第九ないし第一一号証については、原告会社を除く)。

二、被告

1  乙第一号証の一ないし四、第二ないし第一一号証を提出。

2  原告本人正利の供述(第一回)を援用。

3  甲号各証の成立はすべて不知。

理由

一、別紙目録記載の本件各土地か、もと同目録記載の者の所有であつて、右土地について各原告らのために別紙一覧表記載の賃借権設定登記、賃借権設定仮登記がされていたこと、右各登記が自創法一二条一項に基き被告の嘱託によつて抹消され、その後登記がされず、かつ原告らに対し同法二二条二項に基く損失補償額の決定がされていないことは当事者間に争いがない。

右各登記がされていた事実に、成立に争いのない乙第二ないし第七号証、原告本人正利の供述(第一、二回)を総合すると、各原告らが、それぞれ本件各土地について、前示各所有者らと別紙一覧表記載の日時、同表記載の内容の賃貸借契約を締結したこと(ただし、第一物件については、同表記載の日時に小川槇雄が賃借人として契約を締結し、昭和一四年八月二一日、原告会社が小川から右賃借権を譲受けたこと)および賃料は契約時にすべて一括前払していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

二、しかしながら、右認定の契約内容と当事者間に争いのない抗弁(一)(1) 記載の事実、および成立に争いのない乙第一号証の一ないし四、同第二ないし第七号証によつて認められる抗弁(一)記載の右以外の各事実(ただし転貸をあらかじめ承諾しているのは、第七物件についての昭和七三年一月一八日以降の各契約および第八物件についての各契約を除くその他の契約である)から判断すると、次に付加するほかは、被告の主張するところと同一の理由によつて、前示各賃借権の設定は、北海道旧土人保護法二条二項の制限を潜脱する脱法行為として無効と認めるのが相当である。

付加する理由は、次のとおりである。

本件各契約は、おおむね二〇年を一期とし、ある期の契約の終期の翌日を次の契約の始期とするという形でされている。したがつて各契約を個別的にみれば、賃貸借の法定長期を超過するものはない。しかし、ある期の契約が期間満了によつて終了すると自動的に次期の契約が発効するのであるから、通常の賃貸借あるいは永小作であればその間に生じ得る更新拒絶ということも生ずることがない。その結果は、例えば第一物件についてみれば、期間を昭和三一年四月八日から一三一年四月七日までとする一〇〇年間の賃貸借を締結したとなんら異ならないことになる。しかも、前示認定のように賃料は契約時にすべて支払済みであるし、転貸はあらかじめ承諾されているから、賃貸人が一方的に解約できる余地も殆んどない。また、すべての賃借権について登記を経ている。これらの点から総合判断しても、本件各契約の効果は、実質的には、保護法の予期した正常な賃貸借のそれを超え、永小作権類似ないしそれ以上のものといわざるをえない。

原告本人正利の供述によると、同人は、自ら本人として、または原告会社の代表者、原告寛美の法定代理人として本件各契約を締結したものであるところ、右契約締結の経緯については、土地所有者から金借を頼まれて貸与したが、下付地については永小作権の設定ができないので貸与額に見合うように前示内容の賃貸借とした、というのであるから前示条項の適用を回避する意図であつたことが認められる。

右条項が強行規定であることは、規定の文言上明らかである。そして、同法は、旧土人に土地を無償下付して授産し、保護することを目的とするいわば社会政策的立法であるから、右の目的を達成するために規定された右条項の適用を回避してされた本件各賃借権設定は、脱法行為として無効と解すべきである。

原告らは、保護法は空文化しているから、脱法行為というには該らないとの趣旨の主張をしている。そして、下付地について本件のような賃貸借が多く存していたことは、前示認定のとおりである。しかし、保護法が右の意味で空文化し、かつその原因が如何なる必要性に基くものであつたにせよ、その必要性を優先させて、右のような契約を有効視することはできない。それでは、保護法の前示目的にまつたく背馳するからである。ことに、保護法は昭和一二年に改正され、それまで下付地に付されていた譲渡、物権の設定の全面的禁止を撤廃し、これらの効力の発生を北海道庁長官の許可にかからしめた。すなわち、法は、客観情勢に応じてその態度を緩和しながら、なお旧土人が管理能力の不足によつて土地を失うことを防ごうとする方針を維持し、かつ、右のような契約を締結することの相当性の有無を考慮する機会をそれ自体において用意しているのである。したがつて、所定の許可手続を経ない契約を、締結の必要性があつた、ないしは法が空文化していたとの理由で有効と解することは、とうていできない。そして、本件各賃借権は、いずれも右の改正後である昭和一四年から一七年の間に設定されたものであるから、右のことはそのまま妥当する。実際上も、原告らが、当時その意図するとおりに本件各土地について永小作権を設定し、あるいは所有権を譲受けたとしても、それが改正法の趣旨に沿うものであれば、許可を得られたはずであることに思い及べば、以上のことはむしろ自明というべきであろう。

なお、原告らは、保護法の立法当初の目的は現存せず、同法は廃止されに等しいから、脱法行為とはならないとの趣旨の主張をし、その例証として、旧土人が僅少となつたこと、および自創法によつて下付地を買収するには許可を要しないことを挙げている。たしかに、旧土人が減少したことによつて保護法の存在理由もそれだけ減少し、また、自創法が下付地について買収除外を認めなかつたことによつて、保護政策は結果的には後退したといい得るであろう。けれども、本件各土地は、前示のように契約当時はまさに旧土人の所有であつたものであり、かつ、本件においては契約締結後の右のような事情の変化如何によつて、脱法行為の成否の判断は左右され得ないものである。要するに、原告らの見解は是認できない。

三、以上によつて、本件各賃借権は自創法二二条の補償の対象とはならないから、損失補償の請求は理由がない。また、右賃借権が損失補償の対象となることを前提とする損害賠償請求も理由がない。

よつて、原告らの請求をすべて棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内藤正久)

別紙目録一覧表<省略>

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